2018年06月14日

何が正しいか分からない時代


最近は悲惨な事件が多いですよね。
今週は新幹線での殺人事件。

何でも犯人は、何度も家出をしたとか、自殺願望があったとか。

成人している人が、家出というのも?ですが、自殺願望の人が何故人を危めるのか?正直理解できないことだらけです。

そしてこれを報道するメディアがお亡くなりになった方が犯人を制止したことが逆上を誘った、と批判されていますが、私には全く理解が出来ません。

私にとって、この事件で思い出すのは実は亡父の思い出です。

何がこの事件から亡父を髣髴させるかというと、私が高校生の頃、実は同じような事件がありました。
詳細は忘れましたが、通り魔殺人が起きた際に学生がそれに立ち向かい逆に刺されて殺されてしまったという事件です。

その際に、亡父は『雅隆、この(亡くなった)学生をどう思うか?」と聞かれ、

私は「立派な人だと思う」と答えたところ
『これは立派ではないよ。』肩を落として父が話すのが印象的でした。

父の考えとしては、亡くなった方の親御さんの気持ちになってごらん、ということなのでしょう。
正義を貫くのは大切だし、素晴らしい志、心がけだが、時として失うものを考え逃げることも大切なんだ、と教えられました。

こういうことを書くと、被害者のご家族に失礼だとも思います。

でも、それをあまりに制約しすぎることは、自由な意見を出す場がなくなってしまうことも事実です。

自分がその場に居合わせたらどうすべきだったか?
これは、その人それぞれが答えを持つ、どれが正解・不正解ではないのではないでしょうか。
自分だったらどうするでしょうか。

正義、誠実、勇気 VS 恐怖、自己保身、無関心 との闘いかもしれません。

事件の報道に触れ、お亡くなりになられた方のご冥福を祈ると共に、少し独りで考えてみたいと思いました。

(ブログとしては不適切かも知れません。ご容赦下さい。)




posted by オーダースーツのヨシムラ at 15:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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