2020年03月19日

危機における社会主義と資本主義、自由と責任


相変わらずコロナウイルス(最近では略して新コロというらしいので以下新コロ)で世界中に動揺が走っています。
EUでは人の移動に規制がかかったり、不必要な外出をした人は逮捕されうるといった話まであり、新コロ対応で世界中が右往左往しています。

そんな中で私は中国の対応と日本、そして資本主義世界の国々の対応について考えてみました。

一般に、資本主義国家である日本人の我々は資本主義>社会主義・共産主義というイメージでいるかと思います。
そうですよね。資本主義の方が自由を謳歌できますし、現実的にも豊かです。
だからこそ、よく中国や北朝鮮で人権を無視した行為がされると「非人道的」とか言って非難・批判します。

もちろん私もそう思っていました。

ですが、今回の新コロ騒動では逆に社会主義国家故の“良さ”が表れているようにも思えます。

つまり、今回のようなある種の“国家的な危機”が起きた時には、個人の利益(権利)よりも公共(国家)の利益が優先されるということにストレートに反応できるからです。

皆さんも覚えていると思いますが2月上中旬の春節の時期
中国はいきなり春節の延長(日本で言えばお正月休みを国家がいきなり延長)し、感染者の出た地区は封鎖しました。
まるで映画みたいでしたね。

でも結果的に、これで感染が蔓延するのを防げたのではないかと思います。

一方、日本ではどうか?というと、クルーズ船は限られた世界(また国で言えば微妙に日本ではない)ということもあり隔離が出来ましたが、その後の隔離は該当者の自主性で判断され、強制権がありません。

何でも聞けば、どこぞのオカシナ人は陽性反応が出ていることを認識しながら俺はコロナ陽性だ!といってキャバクラで遊びお店の人を感染させたそうで、こんな輩は、きっと社会主義国家では即刻牢屋にいらられてしまうのではないでしょうか?(因みにこの人は亡くなったそうです。)

私が思うに、この辺の間違った権利・自由の主張がまかり通ることが資本主義の限界なのかな?と思っていました。

・・・と思っていたのですが、ここ数日でまたまた状況が変わってきました。

私が注目しているのは米国の対応

米国は確かに2月の内は対岸の火事のような様子見でしたがここに来て感染が広がったと見るや否や、アッという間に国家緊急事態宣言を出したり、産業界に特定の物の生産を指示する国防生産法を発動したりしています。

非常事態宣言はいざ知らず、興味深いのは国防生産法です。

この法律の起源はきっと戦争に起因するのでしょう。
国家が危機の時に、資本主義(=自由な社会)に制限を加え、国家が優先することをするという趣旨だと思いますが、これって凄いことです。

何しろ資本主義の中心にいる米国が私権を制限するんですからね。

でも、危機においてこのようなことが当たり前ではないかと思います。

翻って、日本はどうか?というと資本主義で自由・権利と言っても、自由の裏側にある責任や権利の反対側にある義務を無視した自由と権利が目立ちすぎ、統率が全く取れなくなっているのではないでしょうか?
(マスク生産の会社の人が残業で大変だ!今年から月45hの残業時間規制があるのに!ブラックだとかいう批判もあるらしい)

救われているのは、人々の善意・民度の高さ

これがあるから震災の時や今回のような時でも辛抱強く我慢していますが、一部のオカシナ人が権利と自由だけを主張するのは国を滅ぼす元凶になるのではないでしょうか。

今は皆で寄り添いながらじっと貝になって我慢する時期です。

posted by オーダースーツのヨシムラ at 08:50| Comment(0) | ビッグビジョンのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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