2021年01月15日

自粛という名の強制



首都圏を中心にまた緊急事態宣言が出され、夜の飲食店を中心に営業自粛を要請されるようになりました。

ヨシムラはそれほどでもありませんが、ビッグヴィジョンの方は店舗数が多いのでまた打撃を受けることになりそうです。

しかし、この自粛という名の強制はいかがなものでしょうか?

言葉の使い方かもしれませんが、もはや自粛ではないと思います。
自粛ではなく、ルールのない強制。

新型コロナで行き過ぎた一部の人が自粛警察をしていることに一時期批判が集まりました。

青森でも以前、ランチを食べようと立ち寄った店で、こんなことを書かれて憤慨し、二度と行くものか!と思ったこともあります。
(駐米の友人に聞くと、こんなことを貼りだしたらアメリカでは確実に訴えられると言われました。)

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話は戻して、この自粛ですがどんなものでしょうか?
私は国や自治体による“いじめ”に思えて仕方ありません。

何故店名を公表するのか?

公表は我慢するとしても、暗に見え隠れする『従わなかったら、後々どうなるか分かってるんだろな!』(補助金・助成金やその後の直接間接の嫌がらせを示唆)と言っているように思えてなりません。

私も、医療を無視しろということを言いたい訳ではありません。

むしろ法律でしっかりと強制すべきなのではないでしょうか?

日本は、第二次大戦のトラウマから国民に対して国家や為政者が力を持つことに対して非常に敏感です。

昔の軍国主義で痛い目を見たからですが、しかし、未曽有の国家的(否、世界的)危機の渦中ですから、統率を取るためには国家が強制力を持って一方向に決めなければならないのではないでしょうか?

多くの人は中国のことを共産主義だから良くないとか、自由がないと批判します。

それはその通りで私も同意しますが、でも、コロナのような国家的緊急事態の時には国が強制力を持って毅然と対処したからこそ、今、コロナを比較的抑えられているのではないでしょうか。
(とはいえ、最近は大連で一部地域でロックダウンしたようですが・・・)

自由や権利というのは、無償で何でもできることが自由なのではなく、自由のために掛かるコストや責任・義務があることに真正面に向き合わないといけない時代になったのだと思います。

マスクの時も“やれマスクがない!”“買占めを何とかしろ!”と言っておきながらアベノマスクが出来たら“無駄な出費だ!”と批判し、

GOTO中止の時も、直前までは“感染拡大しているのに何やってるんだ!”と批判し、中止になると今度は“経済が破綻する!”と批判する。

こんなことをしていては国のかじ取りは出来ないでしょうね。

マスメディアももう少し大衆迎合の日和見主義で批判ばかりするのではなく、きちんとした意見者が自身の立場を明らかにした上で“こうあるべきだ!”と論ずるべきだと思います。

例えば、医師会からは尾身会長は『“医療の立場”から緊急事態宣言を発出すべき』と言えばよく、逆に、産業界からは『“経済の立場”からは緊急事態宣言はNGだ”』と言った上で議論し、方針決定すべきなのではないでしょうか?

メディアが言う、人の命は大切だ ⇒ 医師会尊重 ⇒ 規制強化 という一方向だけの議論で決まっていくのは恐ろしいと思います。

経済界の人もこう言ってやれば良いのに・・・
緊急事態宣言 ⇒ 経済活動の低迷 ⇒ 景気後退
助成金をした場合、●兆円規模なら、5年以内に回収する場合国民一人当たり●●●万円の増税、10年で回収なら▲▲万円の増税です。『それでも良いですか?』と。

世の中、一方向に良い物というのは数多くなく、必ずどこかにマイナス要因があるものです。

もう少し、皆、人を攻撃するのではなく、理性的に考え、行動しないといけないのではないでしょうか?

なんかタイトルから少し逸脱してしまいました。皆さんもそうでしょうけれど、私もなんかモヤモヤしています。


posted by オーダースーツのヨシムラ at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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